「人生」を描く
映画「岸辺の旅」(10月1日公開)でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受けた黒沢 清氏が授賞式で述べた言葉が印象的だった。
「初めて人生を描けたのかなと思う」「夫婦の人生のある部分に寄り添えた。僕がやろうとしたのは、夫婦の揺れ動く感情のドラマ、関係性だった」
「人生」、「揺れ動く感情」「関係性」という言葉の前で、私は思わず立ち止まった。というのは、「人生」というある意味で平凡な言葉が、新しい光で照らされるのを感じたからだ。と同時にフランクルのあの忘れ難い言葉を想起した。「人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行なうことに対する責任を担うことに他ならないのである」(「夜と霧」八 絶望との闘い 183P)
以前読んだ時は正しく答える、使命を果たす・・・に関心を寄せた。関心の所在は、私には何が問われているか、私の使命とは何か、つまり「私とは何者か?」「私はなぜ存在しているのか?」というところにあったように思う。関係性の意識が希薄だった。それに対し、黒沢清氏は人生を日々の務めに伴う関係性として、私に提示してくれたように思う。務めには感情が伴う。これは私にとって大きな気付きとなった。他の人々との関係性、他の自然物との関係性は程度の差こそあれ、いつも揺れ動いている。関係性は近くなったり離れたりする。しかし関係性は見えない。見えないものが見えるようになる。それが年齢を重ねるということ、挫折を経験するということ、聖なるあきらめをすることの一つの結果なのかもしれない。
日々の生活の中でこの関係性の揺らぎを感じながら毎日の平凡な務めを当り前のように行なっていくこと・・・それが人生のような気がする。もっと早く気付けば良かったと思うが、今からでも遅くはない、間に合ったのだと思うことにしよう。一日という日の大きさ、深さに向かい合うことは大きな喜びとなる。
「岸辺の旅」は10月1日に公開される。是非見たい映画だ。