第4話 八起会 野口会長の紹介で公認会計士に会う

 

8月18日午前10時、上野稲荷町の八起会の事務所に野口会長を訪ねた。野口会長の本を読んで、お会いしたいと思いました。挨拶代わりにそんなことを言った記憶がある。野口会長は穏やかな表情で私を迎えてくれた。野口会長から「会社の状況はどんなですか?」と聞かれた。私は会社の概要を手短かに説明した上で、現在の建設不況の中で売上が大きく落ち込み、資金繰りが厳しくなっている。今月末の手形の決済はなんとか乗り切れると思うが、来月以降がどうなるか予断を許さない状況になってきている、と切迫した状況を訴えた。

野口会長からは担保状況について質問があった。当社の持っている不動産6件につき、一つ一つ説明した。「千葉の物件を見直して貰えば、もう少し銀行から融資を受けられるんじゃないですか。一度交渉してみたらどうですか。最近塩釜の業者さんが相談に見えられたので、担保の見直しをアドバイスしたところ、早速帰って調べてもらったところ、まだ担保余力があるということで銀行から融資を受けられたというケースもあります。まだミヨシさんはいい方ですよ。頑張ってください」

 

会長から八起会の会報「心の軌跡―倒産学をめざして」を頂戴した。早速読み始めた。まだいいほうですよ、との言葉で気持ちが幾分スーッと軽くなった。会社に戻り、この話をW顧問にした。顧問は「そうかもしれないけど、やはり状況は厳しいですよ。楽観的に考えない方がいいと思います」とのことだった。

 

野口会長にお会いした後、会報を読み続けた。時間の関係もあり、また初対面で、あれもこれもというのは失礼かと思い、会社の実態を必ずしも正確に、全体的に説明できなかった、というよりしなかった、との反省があった。八起会の顧問公認会計士のM会計士に詳しく会社の内容を説明したい、その上で専門家としての判断を頂きたいと考え、野口会長に電話で相談したところ、早速M会計士より電話を頂いた。このあたりのスピーディなアクションは嬉しかった。人間、追い込まれると一日でも早く結論を出したいと思うものだ。焦っているということなのだろう。

8月22日(火)午前9時半に会社に来て頂くことになった。このM会計士との2時間に及ぶミーティングが会社の進路を決める決定的な分岐点になった。ミーティングには管理部長に同席してもらい、2人で会社の実態を数字を交えて説明した。初対面なので洗いざらい話すのは控えたほうがいい、と考えたが、M会計士はポイントをついた質問をされ、当社の問題点を短時間で浮き彫りにされた。さまざまな可能性も検討してくださった。リストラして会社を小さくしてもジリ貧になるだけで、持たないだろう。会社を引っ張り、雰囲気を変えることのできる優秀な営業マンがいないようだ。年配者は新しいことをやっていると思っているかもしれないが、実際は旧態依然のやり方から出ていないだろう。民事再生法の申請も無理ではないか。できるだけ早く弁護士と相談した方がいい、との結論だった。自主廃業はできないものでしょうか、との当方の恐る恐るの質問に「毎月の手形を落とさなければならないが、そのための現金を確保できるか、また手形の買い戻しをするための資金を準備できるか・・・なかなか難しいと思う」との答えだった。ああ倒産かと思った時、目の前が暗くなった。

 

前の日に開いた新旧役員の合同会議で、大方の意見は会社存続は難しい、清算を視野に入れるべき、今の人材を見ると今後とも続けるのは難しい。泥沼に入らないよう決断してほしい、であった。現在顧問税理士に会社の純資産の計算をお願いしている、それが25日に出てくるので、その数字を見た上でどうするか方針を決めたいと伝えた。8月3日に顧問税理士に純資産評価を依頼していた。自分なりに計算したところ債務超過にはなっていない、まだ1億円以上の純資産があるはずと検討をつけていた。しかし、自信はなかった。問題は資金繰りだ。早速当社の顧問弁護士に連絡をとり、夕方の4時に伺うことにした。

 

午後4時、弁護士事務所で公認会計士との話を報告した。管理部長にも同行して貰った。法的整理をしなければならないことになるので、今後のことをお願いしたい。私から申し出た希望は、中小の取引先を優先してできるだけ弁済率を高まるようにして頂きたい。少しでもご迷惑をかけないようにしたい。そのためにも私財の提供をできるかぎりします、という2点だった。

弁護士からは以下の方針提示があった。

  • 任意整理でいく。理由は完済できそうもない、ということと9月、10月の手形決裁の目途が立たない

➁債権者集会を開催する。そのために債権者一覧表、取引先リストを早急に作成すること

➂自分のための再起・再生プランを立てなさい。再起するんだという気持ちが大事。自分を前向きにすること。

債権者に迷惑がかかるのは本当に申し訳ない、そう言うと思わず涙が溢れてきた。弁護士は「これ以上遅くなったらもっと迷惑をかけることになる。相手のことを考えて決断する。それが勇気というものですよ」。そう励ましてくださった。会社に戻ってから管理部長と一緒に債権者集会の準備に入った。社員に気付かれないように作業を進めなければならない。

疲れて帰宅。家内に「会社整理ということになる。」と伝えた。「借金を抱えたっていいじゃないの。健康でいさえすればなんとかなるんだから」と励まされたがありがたいと思う反面、これからのことを考えると返す言葉がなかった。実家の母にも、電話で報告。申し訳ないことになってしまった。会社整理という法的措置をとることになった。債権者集会を開くことになる旨、伝えた。母からは「やるだけのことはやったのだから、堂々としていなさい。何も恥ずかしいことはないのよ。」母からは叱咤激励の言葉はなかった。

 

夜、枕に顔をうずめて泣いた。そして覚悟が決まった。債権者集会で心からお詫びしよう。怒号も甘んじて受けよう。そう思い切れた時、なんだか気持ちが軽くなった。その晩、本当に久しぶりに熟睡できた。ほぼ1ヶ月ぶりに朝まで良く眠った。

(第4話 了)