感情の流れと選択

いつもはそれほどではないが、今日は珍しく自分の中にいくつかの感情が渦巻いていた。1年の中で時々このような時がある。焦りの感情、苛立ちの感情、後悔の感情、自己憐憫の感情、淡い期待の感情、まだ見ぬ外国の地への憧れの感情・・・いろいろの感情が意識の平野をそれぞれの川となって流れていく。感情の流れの中で今日私が一番影響を受けているのは苛立ちの感情と淡い期待の感情だ。それらの感情に流され、私の気持ちは波だっている。自分に対しても他の人に対しても不機嫌な表情を見せることになる。なぜ自分は苛立っているのか、なぜ淡い期待を持つのか。その原因を探ることはできるが、その原因を正しくつかもうとするところまでの努力はしない。なんとなく分っているからだ。

さて今日私が気付いたことは、その感情を味わうが、いつまでもそこにとどまってぐずぐずしない、十分味わったと思ったら、それで切り上げるということと、それに関係するが、今この時、自分が大事にする感情をセレクト、つまり選択する、それができるということだった。また自然発生的感情ではなく、意識的に産みだすことができる感情もある、ということも大事な発見だった。それは共感であり、笑顔だ。

感情を押さえつけるのではなくて、川の流れのように流していく。川はいつの間にか無意識の海に流れ落ちていく。そして自分が選んだ感情の流れの岸辺に立って、その流れを見つめる。そうするといつの間にか、自分のこころが落ち着いていくのを感じる。