「生きるとは、自分の物語をつくること」

臨床心理学者河合隼雄氏と小説家小川洋子氏との対話を読みながら、大切なことを教えられている。その中からいくつかを紹介したい。

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小川 先生のご本の中で印象深かったことがあるんです。京都の国立博物館の文化財を修繕する係の方が、例えば布の修理をする時に、後から新しい布を足す場合、その新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになる。修繕するものとされるものの力関係に差があるといけないとおっしゃっているんです。

河合 そうです。それは非常に大事なことで、だいたい人を助けに行く人はね、強い人が多いんです。

小川 使命感に燃えてね。

河合 そうするとね、助けられる方はたまったもんじゃないんです。(P15~16)

(弱い人には弱い人になって寄り添う、言葉で言うのは簡単だが、これほど難しいことはない。解決の希望があることを確信を持って伝えながら、不安と恐れを持って煩悶している人の傍に黙っていて背中をさすってくれる、私もそんな人に救われた経験がある)

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河合 やさしさの根本は死ぬ自覚だと書いています。やっぱりお互い死んでゆくということが分かっていたら、大分違います。まあ大体忘れているんですよ。

小川 自分だけは100年も200年も生きるような気持ちでいる。

河合 そう。それとすごく親しい人が死ぬことは想像できない。死という可能性を消しているんです。心の中でね。

小川 あなたも死ぬ、私も死ぬ、ということを日々共有していられれば、お互いが尊重しあえる。相手のマイナス面も含めて受け入れられる。(P32)(私は60歳台後半から今与えられている生を生きている、という自覚に加えて、やがてやってくる死を今生きている、という二重の感覚を持つようになった。やさしさの根本が死ぬ覚悟というのは同感だ。そして相手のマイナス面も含めて、相手を深く、全体的に受けとめよう、愛したいという動機の根本にも、やはり死ぬ覚悟がある、と思う)

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河合 私は、「物語」ということをとても大事にしています。来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供している、という気持がものすごく強いのです。だからこそ、私のところに来られるような人たちは小説を読んで救われたり、ヒントを得たりするんでしょう。苦しみを経ずに出てきた作品というのは、その人達には、魅力がないんじゃないかと思いますね。

小川 患者の方の深い悩みに付き添って、どこまでもどこまでも下へ降りて行くと河合先生は以前おっしゃっておられました。小説家もやはり、小説を書いている時は、どこか見えない暗い世界のずうっと降りていくという感覚があるんです。(P48~49)(物語の究極は「私の最高の人生」という物語だ。成功・失敗、幸福・不幸せを超えた一度切りの人生の完成物語。最高の人生は闇を通って見えてくる。輝きの光を放つ。)

 

この対話の直後、河合氏は急逝された。まさに奇跡の、最後の対話となった。小川が記したあとがき「二人のルート 少し長すぎるあとがき」は胸を打つ。この対話は新潮文庫から出ている。もう一度対話の内容を振り返ってみたいと思い、久し振りで本棚から取り出した。嬉しくて、そして悲しくて・・・そんな気持で、一遍には読み切ることができない。