旅館篇 第6話
山本さんが始める。「真珠貝のようにこころの中に埋め込まれた小さな玉。人の世
で生きていく時、私たちが流す涙、苦しみが小さな玉を少しづつ大きくしていきます。
そしていつしか輝きを増していきます。それが我が心の歌なのでしょう。」
それではご主人からどうぞ。
山本さん、ナレーションを始める。
・・・灯台守は
船に光を送り続けます
灯台守は家族だけの世界
妻は不自由な暮らしに耐え
子供達を育ててくれました
人並みの楽しみを味わわせて
やれなかった 妻よ 子よ
黙々と仕えてくれた妻よ
お前がいなかったら
俺はこの仕事を続けられなかった
妻よ お前こそ
俺という船の灯台だった・・・
それでは中村さんのご主人、どうぞ。
ご主人は出だしでちょっとつまづいた。涙を拭った後で歌い始めた。山本さんが励ますように途中まで一緒に歌った。
次は奥様、恋心です。
山本さんのナレーション。
・・・ミラボー橋の下をセーヌは流れ
私たちの青春も
私たちの恋も
小さな舟のように
流れていった
もう恋なんてしないと誓った筈なのに
恋なんてむなしくはかないものと
知った筈なのに
なぜか今度こそ本当の恋に生きたい
恋に死にたい
セーヌの流れをみつめながら
そう思う私は
愚かでしょうか
マビヨン通りに枯葉が舞っています。
あの人と会った小さなレストランに
灯がともっています・・・
奥様は岸洋子になったかのように表情たっぷりに歌われた。
歌声と共に夜は更けていく。
ご主人も、奥様もそれぞれ3曲歌った後、歌にまつわる思い出を語り始めた。
山本さんと従業員は相槌を打ちながら聞いている。
午後9時半。明日もありますから、お二人の歌謡ショーは盛り上がってきましたが、そろそろ幕を下ろさせていただいたいと思いますが、宜しいでしょうか。
「おやおや、こんな時間か。あまりにも楽しくて時間を忘れていたよ。長時間、お付き合い頂いてありがとう。」「本当に楽しゅうございました」
山本さんは「明日は9時に伺います。それではゆっくりお休みください。それからお休みになる前にお薬を飲んでくださいね。」と挨拶して部屋を後にした。
「今晩中村様ご夫妻はなかなか眠れないかもしれない。寝物語にいろいろお話されるのではないかしら」山本さんは女将に今日一日の報告書を出して家路についた。
電気を消した暗い部屋の中でご主人の声がしている。
早苗
今日は楽しかった。君と一緒にこんな旅行ができるなんてまるで夢のようだ。
ぼくは今日、今迄なんて君を大事にしてこなかったか、本当にわがままな自分勝手な
人間だと思ったよ。・・・許してほしい。これからは少しは優しい夫になりたいと思う。
ぼくと結婚して幸せだったと思ってもらえるように心がけます。
これからもどうぞよろしく。早苗さん・・・お休みなさい。